まるた娘と田嘉里酒造所④


沖縄本島最北端の泡盛酒造所、
田嘉里(たかざと)酒造所から
やんばるの泡盛をお届けしている
池原あんこ【まるた娘】と申します。

※ちなみに、【まるた】とは
主力銘柄『琉球泡盛まるた』の
愛称&
うちの酒造所の屋号
みたいなものです。
という事で私は、
酒造所の看板娘(←自分で言う)
なので気軽に【まるた娘】って
呼んでもらえると喜びます。

 

 

去年の3月から途切れてしまったこのシリーズ。
あまりに手を付けずにいたので書き出すのに躊躇しましたが(笑)
「まるた娘」が何者なのかという事は、このブログの中心核になる部分。
皆様にしっかりと知ってもらいたいのでまた書き始めようと思います。

 

 

▼最初から読みたい方はコチラどーぞ。

まるた娘と田嘉里酒造所①

まるた娘と田嘉里酒造所②

まるた娘と田嘉里酒造所③

酒造所2代目のサブヤンの孫として生まれた私、まるた娘。

高校生の時にサブヤンと共に

酒造所で働いた事をきっかけに

この仕事を手伝いたい!

と思うようになります。

それでも、まだ高校1年生。

かなり、ぼんやりとした目標でした。

「おじ~、将来一緒に働こうね~」と言うと

サブヤンがすっごく喜んでいたので

その顔を見るのが私も嬉しかった事は確かです。

 

 

 

 

サブヤンはず~っと

元気に現場で働いていて

私が高校を卒業しても、

ず~っと酒造所で働いていて、

大学に行ってもず~っと酒造所から応援してくれる!

そして、一緒に働くんだーー!そう思っていました。

私が高校1年生の冬。

サブヤンは病院のベッドの上に居ました。

少し、肺が悪いって事で入院。

でもお見舞いに行くと

小さな声で「タバコ買ってこないか~?」(←医者に止められている)

と言っちゃうサブヤン。(笑)

そんな祖父がやっぱり大好きな私。

 

 

 

 

 

 

と同時に、少し焦りました。

そうだ、サブヤンは不死身じゃない。

そんなことに気が付いたときは

サブヤン御年86歳。

 

 

 

車の運転こそ家族に止められていたけど(笑)

ちょっと入院した後は、また酒造所でせっせと働き

タバコをぷかぷかしながら歩く姿は最後の最後まで健在でした。

しかし、やはり肺の経過が思わしくなく

最初の入院からしばらくしてサブヤンはこの世を去ります。

私が16歳の冬でした。

 

 

 

 

 

その時私は・・・・

ずっと一緒にいると思っていた存在がいなくなってしまった。

もう、手伝う事も出来なくなっちゃった。

悲しい。寂しい。。。。

 

 

 

 

 

けれど、その想いと同じくらい「私が酒屋を継ぐんだ」という気持ちが強くなっていました。

 

 

 

 

 

不思議なものです。

祖父が覚悟を決めさせてくれたんですね。きっと。

今でもそう思っています。

 

 

 

 

 

私を信じてくれた。

私を立ち直らせてくれた祖父。

私を迎えてくれた場所、酒屋。

祖父が亡くなった今、

私と祖父を繋げるものは

「酒屋」しかないと思いました。

そして、この恩を返すには「酒屋」の役にたたなければ!と強く思いました。

 

 

 

そこで、当時の社長(池原秋夫)に

「私、酒造所で働きたいから、

大学行って、勉強もしっかりして、

そして帰ってくるから、

私に酒屋を継がせてください。」

とお願いをします。

 

 

 

 

答えは

 

 

 

「わんは、子供がいないからあんたが継ぐなら一番上等さ。頑張れよ!」

 

 

 

 

と。

 

 

 

 

その後は、秋夫社長の後押しもあり、

「自分は、将来、酒屋をつぐんだ!」

という思いを胸に理系の大学へ進学。

その後、語学留学や専門的な醸造分野も学びました。

そして、ここ沖縄・やんばるに帰ってきたのが27歳のとき。

 

 

 

 

 

秋夫社長は「もう帰ってこないかと思ってたけど、やっと帰ってきたな(笑)」と。

「最初は一番下から始めるんだから、厳しくいくけど頑張れよ」と。

 

 

 

 

 

 

当時は私も、社会経験がない小娘なので

「厳しくたって、ここで働くために今まで時間をかけてきたんだ!」

「自分の養ってきた知識を存分に生かすぞ!!!」

「酒造所の力になるぞ!活躍するぞ!!」

・・・と意気揚々としていたのです。

 

 

 

 

 

が。

 

 

 

実際は・・・そんな甘いものではなかった。

 

 

 

 

 

というお話は、また次回に書きますね。(笑)

それでは、今日はこの辺で・・・

BYまるた娘


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さぁ、振り返ってみよう。


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☆年末年始のお知らせ☆

▼仕事おさめ

2016年12月30日 ~17:00まで

▼仕事はじめ

2017年1月5日 8:30~営業開始

宜しくお願いします。

 

 

さぁて、さてさて。

今年も残すところあと1日となりました。

仕事納の日はやはり

この一年間の出来事を

振り返ってみようかと思います!

 

 

 

と言っても、

今年を思い返すとやはり

3月に想いを馳せてしまいます。

 

 

 

3月26日、

当時社長であった池原秋夫が

不慮の事故で急逝し、

4月には現社長の池原弘昭が就任。

 

 

前社長の池原秋夫は

高校を卒業してからずっと

田嘉里酒造所で働いていたので

この道37年の大ベテラン。

その次にキャリアの長い方でも

勤続15年ほどだということなので

秋夫前社長は酒造所の酸いも甘いも、

知っている,頼れる存在でした。

 

従業員達は口には出さずとも

 

 

「この人について行けば間違いないのだ」

 

 

 

みんなそう思っていたと思います。

(あくまでも私がそう思うのですが。)

 

 

 

そんな存在が急にいなくなってしまった3月。

 

 

 

はっきり言って、私たちは悲しみに暮れました。

そして周りの方々にはご心配もたくさんお掛けしました。

従業員6名にとって、この1年は本当に試練の年だったと思います。

 

 

 

工場長の直さん

製造詰所の美奈子さん

事務・経理の美由さん

営業の真人さん

製造の親和さん

 

 

 

みんなそれぞれ、不安でいっぱいで

社長がいない分の仕事も増える中で

弱音もはかず今まで以上に頑張ってきました。

 

 

 

悲しみを抱えながらも。

 

 

 

立ち止まってはいられない。

 

 

そんな気持ちがとても伝わってくる現場でした。

 

 

(私は5月に子供が生まれたので
現場から離れることがとても多く、
このような表現になってしまいますが。)

 

 

 

 

私、まるた娘は

現場から離れざるを得ず

現場が一番大変な時も

十分に助けることもできず・・・

出来る事と言えばこうして

情報発信をする事くらい。

 

 

 

 

はがゆかったですね。

 

 

 

 

なので、今年1年を乗り切れたのは

従業員みんなの努力のたまものです。

それぞれがプライベートも削り、

酒造所の為に働いたからだと思います。

 

 

 

本当に、本当に、

心から感謝をしています。

酒造所を守ってくれて、

ありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

 

なんで私がお礼を?

と思うかもしれませんが

無条件にお礼を言いたくなるほど

素晴らしい働きぶりでした。

おかげで酒造所の危機を

ひとつ乗り越えられたのです。

 

 

 

 

 

 

そしてここからは

生前、秋夫社長と一緒に

過ごしてきた時間を

思い出しながら書きます。

 

 

 

 

私情をはさむのが大得意な

私、まるた娘のブログなので

読んでいる方も大目に見てくれるはず。

今年最後もめっちゃ挟んでいきますね(笑)

 

 

 

 

さて、生前の秋夫社長と言えば

お口が大変悪ぅございました。

 

 

いつも

「のーのー」

「やなわらばー」

「いらんわじゃさんけー」

と言われてたんです。

 

 

もちろん冗談の範囲でですけど(笑)

 

 

それでも、

HPを作りたい。

ネットショップをやりたい。

パンフレットも欲しい。

Tシャツも作りたい。

(↑全部けっこうお金がかかる事なのに)

 

 

 

 

と提案すると

「好きにやったらいいさ」と

背中を押してくれました。

だからこのHPとブログがあるんです。

多くの方とつながることができます。

本当に感謝だな。

 

 

 

写真を撮るにも

「わんを写すな!撮影料金割増しだ。」

と言われるので

隠し撮りをしていました(笑)

でも隠し撮りがバレても

全然怒らないんですけど。

社長は誰よりも早く、丁寧に、壺を仕上げてましたよね。

 

 

 

そしてお酒が大好きで

本当に飲むのが大好きで。

「自分で造った泡盛は自分で消費さんねー」

と飲むたびに言っていました。

 

 

 

そして、飲めばとっても陽気になって

結婚式なんかでカチャーシーがあると

一番最後まで舞台で踊っている人でした。

(そして必ず爆笑をさらう。w)

そんな秋夫社長が、

みんな大好きでした。

教えてもらいたいことが

まだまだたくさんあったのに。

まだまだ怒ってほしかったのに。

そして、いつか褒めてもらいたかったのに。

それももう、叶わないんですね。

 

 

 

思えば、私が酒造所で働きたいと思ったのは16歳の時。

その時は会長であった祖父も健在で

「おじぃに言えば酒造所に入れてくれるはず。」

ぐらいの簡単な気持ちだった私。

でも、その後、学生の間におじぃは亡くなり

私は、醸造学校を卒業するときに

「酒造所の跡取りにしてくれ!」と

秋夫社長に直談判したんです。

 

 

そしたら

 

『わんは子供もいないから、あんたが跡継ぎなるなら上等さ』

 

『でも一番下だから厳しいよ。覚悟しないと。』

と言われていました。

 

 

他の酒蔵で経験を積む話もあったんです。

でも、秋夫社長が

「すぐに戻ってきて、ここで働いたほうが良い」

と強く言ったので卒業後にすぐ戻ってきました。

 

 

 

それから3年。

たったの3年しか一緒に働けませんでした。

でも、もし他の酒蔵に行っていれば

一緒には仕事ができなかったのかも。

そう考えるとあのタイミングで良かったんですね。

 

3年間見続けたこの働く背中を

私は一生忘れないと思います。

 

 

そして、

これからもずっと

「こんなとき、秋夫社長ならどうするだろう」

と、自問自答しながら私なりの答えを見つけていくんだと思います。

 

 

 

秋夫社長は私たちに

『田嘉里酒造所』を残してくれました。

ここで酒造所を守り、酒を育て、

また次につなげることが

私ができる事だと思います。

また来年も精一杯、やりますよ。

ご安心を。

 

 

 

さぁて。

語るのはこのくらいにして。

 

 

 

 

弘昭現社長も人望が厚く、

酒造所の将来をしっかりと見据えています。

後はここからどのように発展していくのか。

 

 

 

地域に根差し、還元しながら

田嘉里酒造所という名前を

確固たるものしたいと思います。

 

 

 

2017年は何でも挑戦したいです。

まずは、2017年1月14.15日に

大宜味村産業まつりがありますので

蔵元限定古酒を買いに遊びに来てくださいね^^(宣伝)

 

 

 

 

限定酒の詳細については

今後のLINEやFacebookページにご注目ください♪

 

 

 

それでは、今年はこの辺で。

皆様、今年1年間

田嘉里酒造所の泡盛をご愛飲頂き、

そしてブログをご愛読くださいまして

ありがとうございました!

皆様の応援の声が私たちの力になります。

泡盛で酔いお年をお迎えくださいね!

また来年もこのブログでお会いしましょう(^◇^)

BYまるた娘。


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泡盛シンポジウムin名護山原


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やんばる泡盛イベント情報~!

泡盛シンポジウム in 名護山原

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~すべての家庭の床の間に古酒甕を~

を合言葉にして

精力的に活動を続けている

山原島酒之会(やんばるしまざけのかい)

主催の泡盛イベントですー!

様々な分野の方々を招いての

泡盛シンポジウム!

間違いなく、ど~っぷりと

泡盛に浸れる時間になるでしょう。

 

 

シンポジウムって言うと

ちょっと固いイメージですが

若い人達に来てほしいな~。

自分の生まれ育った

沖縄やんばるのこと、

泡盛文化のこと、

いろいろ知る機会になりますよ。

 

 

 

私、まるた娘は

三十路を超えて思うんですけど

大人になるにつれて

教えてもらえることって

少なくなっていきます。

という事は、その分、

自分が教えていかにゃーならん!!

という事なんですよね。

(お、良い事言うね。)

 

 

 

 

 

そんな自分に問いたい。

 

 

 

 

 

次の世代にきちんと伝えられる、

バトンを渡せる大人になってますか?

 

 

 

 

私はなりたいんです。

ちゃんと、次の世代に繋げたい。

やんばるの自然も、

やんばるの人達の暖かさも、

田嘉里酒造所の泡盛も。

ここで生きる人たちの笑顔を絶やさずに次へつなげたい。

(ちょっと待って、私、今ものスゴイ良い事書いてるよね。)

 

 

 

 

もう、本当に

正直に言っちゃいますけど

田嘉里酒造所の為なら何でもできる!

私以上にこの酒造所を思う人がいるのでしょうか。

いいえ。いません!!!

って常に思っています。

(↑あくまでも私の想いなので大目に見てください。笑)

 

 

 

この想いは

15の頃の祖父との思い出や

秋夫社長との絆から生まれ

現在私の中に温めているものですが

この山原島酒之会の皆さんは

もっと広い視野で泡盛文化を見据え、

多方面から泡盛のすごさ、おいしさ、

そして楽しさを伝える事の出来る

ディープな人たちです。

 

 

 

そんな方々が主催する

泡盛シンポジウム in 名護山原へ

ぜひ足をお運びくださいm(__)m

 

開催日:2016年12月4日(日)

場所:名護市民会館中ホール

時間:13:30~17:00

参加費:2500円(交流会費含む)

 

 

 

シンポジウムの後には

泡盛蔵元も参加する

泡盛交流会があります♪

まるた娘も参加予定ですYO!

会場でお会いしましょう!

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そして・・・!!!!!!

 

今日は、この大漁旗をもってバケツをかぶって

やんばる泡盛同好会に参加してきまーす!

 

第38回『やんばる泡盛同好会』

場所:名護市民会館中ホール

当日:1000円

時間:19:00~21:00

 

 

 

北部の蔵元が勢ぞろいしますよ!

お近くの方はぜひあそびに来てくださいね~!

さて、今日持っていくシークヮーサー収穫してこようっと。

それでは、会場でお会いしましょう!

BYまるた娘


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まるた娘と田嘉里酒造所③


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ナゼまるた娘が

この田嘉里酒造所で

働こうと思ったのか。

_DSC0129

今日もボチボチ書いていきましょ!

ここからこのブログを読む方は

まるた娘と田嘉里酒造所①

まるた娘と田嘉里酒造所②

をぜひぜひチェックしてくださいね~!

 

 

 

 

さて、前回のブログで訪れた

まるた娘の人生の転機。

通っていた地元の高校を

ノリで辞めてしまった私は

日々、することもなく

フラフラ~とした生活をしている中、

当時、酒造所の2代目であったサブヤンに

働き手として採用されるのです。

 

 

 

 

当時、酒造所で働いていた人は

サブヤンの他に6名。

特に手が足りなかったわけでもなく

6名でしっかりと切り盛りを

していたワケですから、

一人従業員が増えるとなると

経営的にも大変な事。

 

 

 

それでも、サブヤンは

フラフラしている私を心配して

ココに入れてくれたんですよね。

(今だからわかります。)

 

 

 

 

当時、私に与えられた仕事は

今も毎朝行われている

『リサイクル瓶を洗うこと』です。

003

まず、朝出勤して

空き箱に18本詰められた

空の1升瓶を運ぶのですが

16歳の小娘にとっちゃぁ

コレがものすごい重労働で・・・

(たぶん1箱で20キロ弱くらいあるんですよ。)

それに加えて当時の季節は冬。

この洗瓶という作業は

全身びしょ濡れになるので

寒くて。寒くて。震えました( ;∀;)

 

 

 

結果、1日目で仕事が嫌になります。

 

 

 

 

2日目...行きません。(筋肉痛ひどかったので)

 

 

 

 

3日目も......行きません。(もう行きたくなかった。)

 

 

 

 

そのまま辞めちまおうと思ってました。

『どうせ酒造所に私は必要ないしね。』

って思ってたし。
(どこまでひねくれてんだっ!てね。)

 

 

 

でもそんな私を見捨てない人が一人。

 

 

 

そう・・・・・・

 

 

 

サブヤンです。

 

 

 

IMG01661

怒鳴るわけでもなく

悲しむわけでもなく

懲りずに仏のような笑顔で

『だぁ、おじーと箱つくりに行こう』

『おじーとモロミみてこよう』

『酒屋行ってみよう』って誘うサブヤン。

 

 

そして、

気が向いたときに酒造所に行くと、

これまた怒るわけでもなく

『一緒にお茶飲みながらお菓子食べようね~』

って受け入れてくれるおばちゃんたち。

 

 

 

 

当時の私にとっては

新鮮だったんですよね。

『怒らない大人』ってやつが。

対等に扱われているのが嬉しかった。

 

 

 

そうして、なんだか、

ここは居心地がいいな

思うようになってきます。

 

 

IMG00841

↑その当時から変わらない癒しのお茶タイムが今もず~っと続いてるんですよ。

 

 

 

でもね、私が

 

『ここで働いてもいいかな~』

 

って思うようになって来たら

今度はサブヤンが

 

『学校は行ったほうが良いよ~』

 

って話始めるんです。

 

 

 

戦前生まれのサブヤン。

小学校までしか行けなかったサブヤン。

当時は優秀な人しか中学校に行けない時代。

サブヤンは勉強がしたかったけど

させてもらえなかったと言っていました。

だから、学校の大切さがよくわかると。

 

 

 

そしてある日、ボソっと言うのです。

『文子は孫の中で一番できや~だけどな~』

って。

(※”できや~”とは、賢い子。という意味)

 

高校も行けなかった落ちこぼれの私に

どんだけ期待してんだってw

もう、笑えるくらいのオジーです。

 

 

 

でも、すごく嬉しかった。

 

 

 

働くことを教えてくれて、

居場所を作ってくれて、

ダメな私の存在を認めてくれて。

 

 

 

やがて、

そんなサブヤンに私も喜んでほしい!

って思うようになります。

そこで一番に浮かんだのが

 

 

 

『もう一度、ちゃんと学校へ行き直す事』

 

 

『高校をしっかり卒業すること』

 

 

 

 

きっとコレが

一番喜んでもらえる事だと思いました。

 

 

 

 

 

そして、私は酒造所で働いた事をきっかけに

もう二度と行くもんかと思っていた

高校をもう一度受験してみようと思います。

編入とかの形ではなく1年遅れでの入学。

中学の後輩たちと同じクラスになるような

ちょっと気まずい感じはあったけど。(笑)

 

 

 

それでもちゃんと高校に

再入学できた時のサブヤンの笑顔は

今でも私の宝物ですね。

思い出すと目頭熱くなる。( ;∀;)

 

 

 

 

さて、そんなこんなで

高校生活が始まります。

サブヤンや酒造所のみんなは

変わらず私を応援してくれていました。

たまに実家に帰るときには

酒造所に顔を出して一緒にお茶しました

たまに見るサブヤンは

相変わらず一所懸命に仕事をし、

業務内容を3代目に引き継いだ後も

毎日酒造所に出てきては

酒造りの確認をして、

お得意先を回り、集金をし、

お客さんとおしゃべりをしてました。

生涯現役ってヤツですよね。

 

 

そして、

 

 

『うちの酒造所は、

地域(地元)の酒造所だからね~。

地域(地元)の事は一番に考えて

何でも協力してやらないといけないわけさ~』

 

 

 

 

 

っていつも言ってたんですよね。

というのも、

サブヤンは戦後すぐに

泡盛を造り始めるわけですが

どんなに頑張って造っても、

『マズイ!』と言われて

飲んでもらえなかった時期があったそうで。

そんなときに助けてくれたのは

やっぱり『地元』だったと。

結局は家族、親戚、友達・・・

自分を取り巻く一番身近な

コミュニティーが酒造所を助けてくれたのだと。

いつも言っていたんです。

 

 

 

私は今でもその言葉が

すごく良い言葉だなって思ってます。

 

 

 

 

 

サブヤンは田嘉里で生まれ育ち、

田嘉里で家族を持ち、仕事をしている。

 

ここに根差して生きている。

自分で、仕事をつくり、生きる意味を生み出してる。

そこに、すごく芯を感じたんですよねー。

今でも、人として素敵な生き方だなって思います。

そして、間違いなく私は

サブヤンのように、

地域に根差した生き方を

人生の目標にしてるんです。

 

 

 

さてさて、話は戻りまして

 

 

 

 

入学して生活が落ち着いてくると

両親との関係もだんだんと良くなり

1年の終わりが近づく頃には

自分の進路について考える余裕も出来ていました。

将来、どんな仕事に就きたいのか。

 

 

 

 

答えはぼんやりとしてましたが

『サブヤンの手伝いができたらいいな』

って気持ちが当時は強かった気がします。

 

 

 

そこで、初めて将来の選択肢に

『田嘉里酒造所で働く』

ってのが入ってくるんですね。

高校での進路に職を結びつけると

一気に現実味を帯びてきました。

 

 

 

 

『酒造所の仕事は楽しかったし、

みんな優しいから大丈夫だはず~』

って軽い気持ちだったんですけどね。(笑)

 

 

 

 

その軽い気持ちを

ホンモノにするきっかけが

この後しっかり訪れます。

その出来事があったから、

私の人生は必然的にココに

辿り着いたんだなって思います。

 

 

 

知りたいでしょう。

でも、今日は長くなっちゃったので

その話はまた今度書きますね。(笑)

次回の更新を楽しみにしてくださいまし~♪

 

 

 

IMG01692

最近、よく鼻血が出るのでマジ困ってます。ww

 

BYまるた娘

 

 


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